当社について

はじめに

 当社HPご覧悦ありがとう御座います。BB工事.com店長の栗原でございます。ITとはコミュニケーションをとる為のただの道具で、主役はコミュニケーションの方だと思っております。様々な現場で培った私どものIT技術を、地元宮城のコミュニケーションにお役立て頂ければ幸いです。

 あるスピリチュアルな方によると、2019年迄で「競争の時代(努力と根性)」が終わり、2020年からは「愛の時代(愛と自由)」が到来とのことです。まさしく私たちの時代がやってきたかなと思っております。♡ 

 当社は、エクスマ『モノを売るな!体験を売れ!』を実践し、私どもが体験した中でBestなものをお客様へお勧めする自由で「一石三鳥」な事業を展開している会社です。

ODAの延長線が今

 私の原点は、JapanのODA派遣技術者当時に遡ります。私のミッション は、現地の電話局スタッフを教育し運用までできるようにするプロジェクトを完了することでしたが、現実は建設・電力・通信・PCの何でも屋になってしまっていた。機器が故障すればその場で原因を調査し、基板を修理する、或いは代替・応急処置をするなど機転も要求される職種でした。その癖は今でも抜けないもんです。

アフリカが人生観を変えてくれた

 世界中、文化、人種は違えど人の考えにそう違いは無いことも分かりました。貧乏でも、お金持ちでも、みんな人は平等に生きる権利がある。 私が居た海外事業部では、代々大卒入社3年目が海外に出されるものでしたが、私は老け顔だったので高卒入社3年目の21才で出されました。けして学歴を詐称していたわけではありません。(笑 当時の思い出は今でも強烈に覚えており、日本の国内線すら乗ったことのない田舎者が一人でアフリカの地に降り立った瞬間です。生きるってことの意味、私が日本人に生まれたことの意味と使命を考える。アフリカと言っても、チーフエンジニアは欧州に留学経験もある現地のインテリ達で、英語は話しますし仕事上の難しさはなかった。私生活も、カジノ・ディスコ・ゴルフ・テニス・スイミング・レゲイミュージックをほぼ毎日のように満喫し、首都は日本の田舎よりも拓けていて楽しいものだった。ここでは1年半ほど貴重な経験をさせていただきました。

人の人生は誰もが±0らしい

 実は、私は3歳で養子にもらわれ実の親を知らずに育ちました。そのため、幼年期から将来一人で生きていくことを薄々感じて準備してきました。第一歩は、小4の時、自ら新聞少年になりました。育ての父からは高校なんか行かんでいいと言われ、中学卒業したら体力だけには自信があったので本気で孤児タイガーマスクのようなプロレスラーになって働くことを思い描いておりました。が、育ての母が夜遅くまで働きに出てくれて進学させてくれました。(^人^)感謝♪ 見たことのない産みの母にも感謝しています。月400時間の残業にも耐えうる強靭な体に産んでくれたのですから。

 高校時代は、昼は本屋の店員、夜はコンビニ 店員、休日には水産会社でのアルバイトを掛け持ち、一日に最大4つのバイトをこなして明け暮れる日々を過ごしてきました。 この頃から既に「何でも屋 」の気質があったのかもしれません。そんなわけで、大人になるとこんな楽な仕事でこんなにお金もらえるの?と嬉しさ満載だったんです。(笑 

 さらに血の繋がった家族がいなかった私にとって、子供の頃から周りにいる人全てが他人ですから、大人になって人間関係に悩むことがなかったのも大変得した点だと思ってます。いつの間にか人種を問わず誰とでもフランクに付き合える体質になっておりました。そんな私でも、結婚して子供が生まれた時に初めて血縁者と対面でき、やっと普通の人になれました。(;O;) 

 会社の上司にも大変恵まれました。中でも新入社員の時に上司から言われた言葉は今でも覚えております。「いいか、この会社で通用するやつにはなるなよ。どこの会社でも通用するやつになれよ!そうなると会社を辞めてしまう社員がでるが、いい会社とはそういう社員が沢山いる会社なんだ。」と、ですから、私はその教え通り遠慮なく次々と会社を換えて来たんです。

 新聞少年であっことも人生に影響を与えています。「早起きは三文の徳」と言われますが、社会人なりたては早起きの癖は抜けず、出社前の毎朝5〜8時の時間を持て余し、技術白書を読みあさっては独学の時間にあてておりました。ある日、NECの生産ライン内で溜まった1000台以上の不良品の山がお手上げ状態となり問題視され、その処理担当者にさせられました。1000台といっても1日あたり20〜30台の不良品がそれに加算されるので、1日にそれ以上のペースで故障診断と修理を行わなければ履けません。それを数カ月かけ一掃すると、今度はその実績を買われ、製品開発の試作助手に抜擢されるきっかけになりました。普通、高卒が技術部門に携わることは無いのだが、新聞配達を8年やってた成果がこんな形で認められました。(笑

アジアの思い出

 中国の光ファイバー網も日本が支援したものです。韓国へもソールオリンピックの時に支援してます。当時の中国は、北京大学上がりのスタッフが中心だったと思います。休日には、後に世界遺産になった「瀋陽故宮博物院」などの名所へ観光案内までしていただけ良き関係が築けていたと思います。日本に帰国する時、宿泊していたホテルへも挨拶にも来ていただき、お土産までいただき感謝感激でした。この後は同じアジアのインドネシア、シンガポール、さらには欧州のイタリア半島に導かれたが、その後、自己都合で退職することになりました。

コンピューターと通信と電力の結びつき

 次に東京電力グループへ移籍いたしました。 ここではコンピューターと光ファイバーなどの通信網を使って遠隔から電力系統を自動制御する機器の開発チームに属しました。 事故(停電等)が起きるとコンピューターが判断して最適化し復旧させる装置です。人間がとっさの判断で操作すると誤認・錯覚によるヒューマンエラーが起きやすいので人は触らずして自動運転がベターなんです。と言うよりも、人間は極度の緊張により作業は殆どできないもんなんです。コンピーターが判断し故障箇所を切り分けた後に原因究明するのが人間の仕事です。今の自動車の自動運転やAIのさきがけになる技術ですが、電力会社では既に1990年代の前半から導入しており変電所等は無人運転化されております。

 東電グループの通信会社TTnetでは、社長司令のコストダウンの目的で「屋外設置型のAP局」の開発も1990年代の後半にNEC・富士通とともに宮城県で進めておりました。なんで宮城県で? 当時、宮城にはNECの伝送事業部があったことと、私がそこに精通していたたことで、上司が私のためにもってきた仕事だっただけのこと。でも実験だけは検証にふさわしい盆地の山梨県が選ばれ、宮城と山梨を行ったり来たりしてました。この思想は、どちらかと言うと現在は携帯電話の基地局に使われております。ここはその後、早期退職させていただくことになりました。

BB工事.comの始まり

 2001年9月、まだ家庭に光が直収されていなかった時代、インターネットをおしゃれに楽しいものへをコンセプトにインターネット・カフェe-Hobson’sを開店させました。特に外国人の方やゲーマーの方にご利用いただきました。その後、日本の光ファイバー網もNTTだけだったのものがKDDIも東京電力の光事業(パワードコム)と統合し「ひかりone (現:auひかり)」として参入するなど普及に拍車がかかりました。奇遇にも、クオーター古巣とも言えるKDDIの東北エリアの立ち上げに参加することになりました。今だから言えますが、「auひかり」のはじめの2年間位は私一人で東北エリアを365日24時間障害対応してたんです。カゼをひいて高熱があっても全く休みなくです。驚きでしょ。

 ソフトバンクはマンション限定で独自の光事業をやってたのですが途中で撤退しました。当社もマンション設備解体とイーアクセス・イーモバイルとの局内ネットワーク統合のお手伝いをやらせて頂きました。その後5年余りで光回線が仙台~東北へ一気に広がり、その一時代に貢献したのがBB工事.comです。現在は、KDDIもソフトバンクも光回線についてはコスト重視で独自性は無く、全て国のインフラ事業を請け負うNTTへ丸投げの状況になっているんです。

東日本大震災がソーラー事業を後押し

 2011年、東日本大震災のために、特に福島県エリアでソーラーパネルの設置が増えました。しかし、当時はソラーパネルの設置はできるものの、設計や申請手続きをした経験がない工事業者が殆どだった。当社は電力会社との協議経験もあったので、必然的に設計と手続きの代行を請け負うようになった。その後、農地買収するなど直営の産業用ソーラーファームを建設し現在5基を稼働させています。

元祖、アパートWi-Fiは宮城から

 2012年、集合住宅向けWi-Fiを開発しました。2014年、バッファロー社とのコラボでBUFFALO社の製品を使った「アパートWi-Fi 」を開発し全国展開を行いました。他にアパマンショップ様にリセールして頂いる「アパネット」もございます。特に、2016年からアパートオーナー様へ直接提供する回線料込みのレンタル方式「apaBB光」は、宮城県限定で設置工事費0円、月額8戸1万円のみの激安サービスとして人気を博しております。これを当社ではアパートの「ネカフェ化」と呼んでおり、漫画読み放題サービスやamazonプライム動画見放題サービス等のデジタルサービスとも連携しております。今後はさらにIoTとの連携が加速し便利で楽しく欠かせないものになることでしょう。

以上の通り、今なお、ありがたく 電気・通信・メカトロ・コンピューター に関わり続けさせていただいております。

会社情報

会社名 有限会社BB工事(英語表記 Be a Better Build Inc.)
設立 平成13年9月3日 資本金3,000,000円
専務取締役 Yuji Kurihara (店長)
事業内容IoTコンサルティング、インターネット接続サービス
電気通信事業者認定 届出番号:I-27-00780
FTTHサービス販売代理店 届出番号:B1908818
宮城県公安委員会許可 事務機器商 第221240001257号
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